国柄

・地方活性化には大賛成も、愛国心無き地方分権論には反対

愛国心なんて無くても中央集権制だったから、
戦後の日本は、
なんとかやってこれたけど、
日本国民が愛国心を持つことを良しとしないままに、
徒に地方分権制にすると、
日本列島が分裂して、
日本のどこかの地域が独立したり、他国に吸収される虞がある。

というか、
健全な愛国心が芽生えていないまま、
競争原理に身を任せて
地域主権や道州制(都市州制を含む)を導入してしまえば、
最悪の場合、
日本人同士による日本国内でケンカになってしまう恐れもある。

色々なメリット、デメリットを考えれば、
地方分権制にきっちり移行したりしなくても、
単に、必要な部分だけ、
地方にも権限を与えれば、それで済む話だと思う。

道州制を取り入れて、
地方分権を強化するメリットはあるだろうけど、
そうなれば地方ごとに資本経済を優先させる事になり、
農業など非効率で生産性のない分野は皆やりたがらなくなる。

農業などの一次産業は輸入に頼ればいいとなりがちになり、
日本の一次産業はさらなる衰退に向かう恐れもある。
食料自給率は明らかに下がるだろう。

各道州ごとに、
1次産業などの割合を最低限保つような法規制をしたり、
日本全体で
食料自給率を100%を超すように調整するような法規制をして、
保護するような処置をすれば、
また話は別だし、
または、
「この道州は一次産業に特化せよ」、
「この道州は二次産業に特化せよ」、
などの中央集権の指示の下で、
道州制を取り入れるのであれば、賛成もしよう。

中央集権下で、都府県を廃止し、
都府県庁、都府県議会も廃止して、
道州長、道州議会を設置すれば、
行政等もスリム化され、
都道府県単位では行えなかったような
大規模な取り組みも出来やすいという利点がある。

高校野球などを成り立たせるために、
都道府県代表の名残を残してもよい。

ただ、
どこの道州が、
どの分野を特化するかで、
揉めるのは必至とされる。

一つの国として、
農業が得意なところ、
工業が得意なところなどと、
適材適所という風に
各個の利益ではなく、
全体的な見地から、
役割分担するべきだと俺は思う。

中央集権下では無い状態で、
地方分権、道州制が取り入れられてしまって、
沖縄州なんてできてしまえば、
沖縄州は独立してしまうかもしれないし、
中国に組み込まれるかもしれないし、
アメリカの管理がより一層強まるようになるかもしれないし、
日本だけでなく
東アジアやアメリカで全体で管理していこうとかになるかもしれない。

九州や北海道も同じような可能性は秘めている。

さすがに本州や四国が日本から離れていくというのは考えにくいが。
でもまあ、新潟とかは危ないかもね。

日本に対しての愛国心が国民全体に浸透していれば、
俺も
道州制や地方分権制にはそれなりに賛成もするが、
今の時点では、
道州制や地方分権制には反対だ。

つまり、
中央集権的道州制には賛成もするが、
地域主権型道州制には、断固反対である。

愛国的法案、日本優遇法案などを制定し、
他国を優遇したら、
罰則されるみたいな法律ができれば、良いのかもしれない。

現時点では、
道州制や地方分権性には反対ではあるけども、
地方が中央にお伺いを立てなければ、
円滑に物事を進められないとか、
そういうつまらない仕来たりは無くすべきだし、
中央集権制の下で、
地方にもダイナミックにやらせる裁量は必要だと思う。

肝心なのは、
中央に力があるからといって、
地方が中央に媚びる姿勢、お伺いを立てる姿勢が問題なのだと思う。

地方が中央に抵抗して、ケンカすればいいのだと思う。

クールに考えれば、無駄な努力に終わるかもしれないが、
もしかしたら何かが変わるかもしれない。

中央にお伺いを立てなければいけないから、
地方は何もできないんだって言っている程度の政治家、行政が、
中央にお伺いを立てる必要がなくなれば、
画期的に良くすることができるとも思えない。

今だって、
街おこしのために、
頑張っている地域はたくさんある。

小さい例だが、
瀬戸内海では現代アートを売りにして、
地域を活性化しているし、
長崎県の、ある離島では電気自動車を100台ほど、
観光客等にレンタルする取り組みをしている。
これは長崎県が国に提案して、
補助金を勝ち取って成した取り組みなのだ。

地方分権にしろとか言わずとも、
やる気や創意工夫次第では、
地域を盛り上げる事だって充分可能だ。

地域主権にしないとできない、
道州制にしないとできないなんて、
言っとるのは、
まるで、駄々をこねた子供のようだ。

よく、増税とかする前に無駄とか削減して、
やるだけの事をやって、
それでも無理なら、増税もしょうがないって話があるが、
それと、同じで、
地方を盛り上げるために、
地域住民が一体となって、
街を盛り上げようとしたのだろうか。

一部の人間が普通に頑張っただけじゃないのか。

地方分権を推進しないと、
死んでしまうとか、
生きるにはこれしか道がないってなら、
しょうがないけど。

まだまだやれる余地はある気がしてならない。

だいたい、
道州制にすれば良しとするならば、
現在の制度的な問題はあるにせよ、
北海道は、じゃあ、何なんだ?って事になる。

国から権限を北海道に委譲したとして、
確実に北海道が良くなるかは懐疑的である。
成功もすれば失敗するリスクもある。

良い環境が整えば、凡人にだってそれなりの結果が残せるのかもしれないが、
良い環境が整っても、良い結果が出ない事もある。

無理を承知で、どうにか、こじ開けるのが、
優秀な人間であって、
そういった人材を国民が選ぶ方が手っ取り早いと俺は思う。

現状で、中央に媚びないでやればいい。
媚びる方がおかしい。

今出来ない政治家が、
権限を与えたら出来る政治家になるのだろうか。

今の中央集権であれば、
凡人が長として選ばれても、なんとか大丈夫かもしれないが、
地域主権になった場合、凡人、どころかクソが選ばれてしまったら、悲惨である。

つまり、
地域主権型にするという事は、
ハイリスクハイリターンなのである。

リスクやリターンの事を考えれば、
現時点において、
我々が優秀なヤツを選べばいいのだ。

優秀なヤツを選んでおけば、
地域主権だろうが中央集権だろうが、問題ない。

仮に優秀なヤツじゃなかった場合でも、
中央集権ならば、リスクを軽減する事が出来る。


ネットで見つけた、
我が子に伝える誇りある近代史」の中で、
記載されていた事だが、
そこからの情報を整理すれば、
地方分権、地方主権などの概念は、
日本独自の発露ではなく、
連合国、つまりアメリカの要望に基づいている事がはっきりする。

「地方分権」「地方主権」などは、
アメリカの占領政策の一環に過ぎず、
閉塞する日本を打開するための政策でも何でもない。

地方主権を謳っている者は、
アメリカらの手先か、
自分の頭で思考せず、それに踊らされているバカである。

要するに、
地方分権化する事で、
日本の持っているパワー、求心力を分散化させ、
日本を弱体化させようという意図が垣間見える。

自分の頭で普通に考えて欲しいが、
一般的に、
国難に晒されているという状況であれば、
みんなで一致団結して協力しよう!ってなるじゃないですか。
これが中央集権なわけです。
明治維新もそうだったじゃないですか。
で、今の日本は日本史上最悪の国難じゃないですか。
なんで、中央集権を壊す方向に行くのか意味がわからない。
会社だってM&Aで合併したりするじゃないですか。
なんで日本は逆方向に行こうするのか、分散しようとしてるのか、
理解に苦しむ。

明治維新では、
廃藩置県で、
261あった藩を
最終的に、
現在の47都道府県くらいにしたわけですよ。

これはわかるんですよ。
たくさんある藩(国)を、
日本全体を強くするために、まとまりましょう。
ってわけで、
大規模なM&Aなわけですから。
明らかに中央集権的な廃藩置県でした。

その結果、日本は強くなったんです。

だから、
47都道府県を廃県置州で、7道州にするとかならわかるんです。

でも今の道州制論議を見ていると、
日本という国を
いくつかの道州に分けるというニュアンスで進んでいるような気がするんですね。

都道府県をまとめて道州にしよう。ってのと、
日本をいくつかの道州に分けよう。ってのと。

なんか同じ事象だけどベクトルが真逆だからね。
地方が主権、地域が主権っておかしいじゃん。
主権は国でしょ。クソ憲法によれば国民主権だろ。
地域に主権があったら、その地域は、もう、ほぼ国でしょ。
小さい国みたいなもんでしょうが。
日本をバラバラにして、どうすんのよ。
都道府県をまとめるならまだしもさ。

日本という国にはダメダメだ、任せてられない、信用できない。
だからこれからは、地方が主役だ。地域主権だ!って
聞こえはいいですけど、
愛国心が無い状態で、それやっちゃうと、
日本がバラバラになって、
一部地域は栄えるかもしれませんが、
日本全体で見ると、弱体化するんじゃないかと思います。

国全体のために、
やるなら、まだわかりますけど、
これって、日本というお国のためじゃなくて、
単に、地域のためにやるわけじゃないですか。
国という公が抜けちゃっているわけですよ。


強い国にするには、
中央集権の方が理にかなっていると俺は思うし、
そのために都道府県を廃止して、
道州にするというのなら、わかる。

しかし、
現状の道州制論議は、どうやら、そんな様子ではない。

中国を見ればわかるが、
中央集権化すると、
良くも悪くも、強い国家体制となる。

おそらくアメリカ等、世界を牛耳る連中は、
フリーザがサイヤ人を恐れるように、
日本の持つ爆発的な超パワーを恐れている。

それを発動させないために、
地方分権化させ、
日本をスーパーサイヤ人化させないとともに、
サイヤ人自体を分散化させて、
日本人を上手く飼い慣らそうとしているのだ、世界を牛耳る連中は。

日本人を良い労働力として、搾取しようとしているのだ。

俺は、
これまで、
それは俺の単なる推測に過ぎないものかと思ったが、
「我が子に伝える誇りある近代史」の中の、
『アメリカ教育使節団報告書』を見て、確信に変わった。

『アメリカ教育使節団報告書』とは、
第二次世界大戦敗戦後の日本の教育をどうするかという事をまとめた、
マッカーサー元帥が日本に派遣したアメリカ教育使節団による報告書だ。

その『アメリカ教育使節団報告書』の中に記載されているものを
抜粋したものが以下だ。

日本の教育の目的及び内容
高度に中央集権化された教育制度は、
仮にそれが極端な国家主義と軍国主義の網の中にとらえられていないにしても、

強固な官僚政治にともなう害悪を受ける恐れがある。
教師各自が画一化されることなく適当な指導のもとに、
それぞれの職務を自由に発展させるためには、
地方分権化が必要である。

「一、初等及び中等学校の行政、教育の民主化の目的のために、
学校管理を現在の如く中央集権的なものより
むしろ地方分権的なものにすべきであるという原則は、
人の認めるところである。
学校における( 教育) 勅語の朗読、
( 天皇の) 御真影の奉拝などの式をあげることは望ましくない。
文部省は本使節団の提案によれば、
各種の学校に対し
技術的援助及び専門的な助言を与えるという重要な任務を負うことになるが、
地方の学校に対するその直接の支配力は、
大いに減少することであろう」


最近、
地方分権、地域主権とかまびすしいが、
これは、
現状の日本の危機を脱しようと、
日本の内から生じたものでは全くなく、
単に、
アメリカの要望を受けて、
敗戦後、未だ続いている現在進行形の占領政策のシナリオ通りに、
遅まきながら、
着々と推進されているものに過ぎない。

地方分権だけではない。
ローマ字教育推進、
詰め込み教育禁止、
大学専門学校数の増加などの要望もあった。

ローマ字化に至らなくとも英語教育は常識になっているし、
個性尊重、ゆとり教育にもなった、
分数も出来ないクソ馬鹿が大学に入れるようになってしまった。

アメリカの年次改革要望書なるものが話題になったが、
それは森の中の木に過ぎず、氷山の一角であって、
日本に対する、
アメリカらによる大枠の改革要望書は目下、進行中のままであるのだ。

多くの日本人が占領政策で骨抜きにされてしまっているので、
気付かず、呆けたまま。
気付いても、ほぼ無関心。

日本人は、
自分の頭で考えなければいけない。

地方分権にもメリットはある。

ただ、デメリットもある。

それらを熟慮した上で、判断しなければいけない。

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