俺学

・尖閣諸島

1919年に
魚釣島に漂流した中国人漁師を魚釣島在住日本人が救助。
”日本帝国沖縄県八重山郡尖閣諸島”と表記された感謝状を
中華民国が日本に感謝状を送る。

1953年には、
中華人民共和国、共産党発行の人民日報に、
”沖縄にある尖閣諸島”と明記していた。
1958年において、
北京で発行された地図には、
日本の沖縄には、
尖閣諸島が含まれていると表記されていた。

しかし、
1969年に、
国連の委員会が尖閣諸島周辺に、
世界の3本の指に入る、
イラクに匹敵するくらいの大油田
(金額にすると約1000兆円相当の石油埋蔵量)
が在る事を発表すると、
1971年、
突如、中国、台湾(中華民国)が尖閣諸島領有を声明する。

1972年、
日中国交正常化。

1978年、
鄧小平副主席来日。
尖閣諸島一時棚上げ宣言。
日中友好を優先。
しかし、
その一方で鄧小平副主席は恐るべき軍事戦略を立てていた。
2010年までに
九州から沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ
第一列島線内の海域を制圧し、
2020年までに、
伊豆諸島から小笠原諸島、
サイパン、グアムを結ぶ
第二列島線内の海域を制圧するという戦略だ。

1992年には、
中国は領海法を定めて、
尖閣諸島が中国の領土だと規定した。

1958年に、
中国が領土を決めた時に、
尖閣諸島は中国の領土に入れてなかったのにもかかわらずだ。

1996年、
中国は、
中国大陸から続いている大陸棚までが中国の領海として、
その中に尖閣諸島が含まれているという大陸棚自然延長論を、
主張し、尖閣諸島の中国領有の根拠にした。

2009年に、
中国は、
無人島は国が管理しますよという、
海島(かいとう)保護法を作った。
(現在、尖閣諸島は無人島)
(つまり、尖閣諸島を中国は、国が所有。日本は個人が所有)

日本としては、
尖閣諸島が無人島であるのを10年くらい掛けて調査確認して、
1895年に、明治政府が尖閣諸島の領有を閣議決定した。
この当時の中国は無関心であった。

2007年に、海洋基本法を作った。
海洋国家日本として、海と関わって行こうという法である。
具体的な法ではなく、中国の後手に回っている。

現在の尖閣諸島は、
中国がガス田開発などをして、
実効支配を強めている。

それに対して、
日本は実効支配もできていないし、
上手く対処もできていない。

日本の領土が中国に奪われつつある。

ちなみに
中国は戦略的に海洋進出をしてきている。

中国は1974年、南ベトナム軍を排除し、
西沙諸島(せいさしょとう)を実効支配した。
西沙諸島は、
島そのものにほとんど価値はないが、
広大な排他的経済水域(EEZ)内の海洋資源が存在する。

続いて、
中国は1988年に南沙諸島(なんさしょとう)の領有権をめぐり
ベトナム海軍と衝突(赤瓜礁海戦)し、
中国が勝利、支配する。

1995年には
中国は
フィリピンが領有権を主張している南沙諸島のミスチーフ環礁を
占領し、実効支配するようになる。

南沙諸島は、
1970年代後半に海底油田の存在が確認され、
広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため、
各国が相次いで領有を宣言している。
また広大な地域に広がる島々は軍事的にも価値がある。

ちなみに、
戦前の南沙諸島は、
インドシナ半島を植民地としていたフランスが
1930年からいくつかの島々を実効支配していたが
1938年に日本が領有権を宣言し、
南沙諸島の一部を支配していた。

南シナ海(西沙諸島、南沙諸島)
ときて、
東シナ海(尖閣諸島)である。
そして、
中国は西太平洋をも視野に入れている。

中国は着々と海洋侵略を推し進めている。

中国は、
西太平洋を支配し、中国は空母艦隊を送り込み、
台湾、沖縄を実効支配する狙いがあるのだ。

(参考:知りたがり、テレビタックルなど)

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