外交、領土問題

・南京大虐殺はなかったという立場を取る

当時の南京において、
日本人が現地の人を殺すとかヒドい事をしたっていう事実が
もしかしたら、あったかもしれない。

だが、
それは定かではないし、
在ったとしても、
虐殺なんてものではなかったと思うし、
少なくとも、大が付く程の虐殺はしていないと、俺は思う。

それを基に、俺は意見を述べている。

南京において日本人による大規模な虐殺はなかったという意味で、
俺は、南京大虐殺は基本、なかったというタイトルを付けた。

定かでない中で、
学校の歴史で、
南京大虐殺が在ったなんて教えるべきではないし、
教えるのだとすれば、
そういう論争があり、
日中で意見が分かれていて、
日本の見解はこういう説があると、
そこまで徹底的に教えるべきだ。
街端でばったり会った中国人と南京のこの論争について、
ディベート的なものができるくらいに。

もし、
一方的に南京大虐殺が在ったなんて書いてある、
歴史教科書があるのであれば、
すぐにそれは止めるべきだ。
日本人にとって、フェアではないからだ。

日本国民には、
南京での、この問題も含めて、
歴史を正しく知る義務というか責務がある。

ここにおいては、
いわゆる南京大虐殺という問題を、
全ての日本国民が学校教育等を通じて、
正しく理解させる必要があるのだ。

ま、本題に入ろう。

2010年2月1日の読売新聞朝刊の
日中歴史共同研究委員会の報告書を見て、愕然とした。

読売新聞の1面には、
「日中、歴史認識溝埋まらず」という見出しではあったものの、
4面に掲載されていたその報告書の要旨を読むと、
日本側が中国側に協調するような書き方が多かった。

さらに、
焦点は「南京大虐殺問題」についてだ。

記事では、日本への一応の配慮なのか、
「南京事件」と記載されていた。

南京事件をウィキペディアで調べると、
南京大虐殺を含めると、3件もあるので、
ここは混乱を避けるため、南京大虐殺としておく。

今回の報告書では、
南京大虐殺の犠牲者数を
中国側が30万人、
日本側が20万人を上限に、
4万人、2万人と様々な推計があると発表した。

おいおい、こんな発表、
日本側がしちゃイカンだろって俺は思った。

20万人を上限って言っても、
日本側は20万人は認めるつもりなんだなと、
これでは、思われてしまう。

20万人か、30万人かの違いなら、
新聞の記事の一面にあった、
「日中、歴史認識溝埋まらず」は、
これではむしろ、
中国からすれば、
溝が埋まっていっているように思える、俺は。

しかも、
日本側は、
「日本軍による集団的、個別的な虐殺事件が発生し、
強姦、略奪や放火も頻発した。」
と認定しまった。

アホか、こいつらは。

こんな発表の仕方をすれば、
上限でも犠牲者が20万人、2万人、4万人って意見もあるから、
まぁ、10万人くらいは、
虐殺されたり、
レイプされたり、
暴れまわったんだろうな、
酷い話だなって、なるよ。
普通の感覚で言えば。

それを日本の有識者が発表してしまうなんて、
国賊以外の何者でもない。

こういった歴史問題は
相手に阿らずに自国の見解を
堂々と主張していかなければならない。

そういう意味において、
良し悪しは全く別として、中国側は天晴れである。

日本は敗戦に次ぐ敗戦である。

はっきり言おう、
「南京大虐殺などなかった。」

今回、日本側はこう、主張せねばならなかった。

その上で、「日中、歴史認識の溝うまらず」なら理解できる。

今回は逆に溝を埋めたのだ。

読売新聞3面に載っていたが、
中国側は今回の研究で、
日本側が
中国を侵略したことや
南京虐殺を認めたことが成果だと言っているらしい。

全くその通りで、
こんなんになるくらいなら、
日中共同研究なんてやらない方がマシだった。

南京大虐殺などなかったという根拠は様々あるが、
ざっくりとした私なりの理由は、
まだ食糧難にもなっていない状況で、
当時の厳正規律な日本軍が
ただでさえ満州国建国や国際連盟脱退で
世界的に非難を浴びている中で、
敵の正規兵なのか
民間人に扮したゲリラなのかわからないものを
やむを得ず処刑するような事があっても、
虐殺、
強姦、
放火、
略奪するような行為が大きな規模で行うはずがない。
なぜなら、国際社会から不用意な非難を浴びたくないからだ。
そこら辺は、国際世論に付け込まれないように、
日本政府として、粗相が無いように徹底しているはずだ。

虐殺というのは辞書で調べると
「むごたらしい方法で殺すこと。」と記載されている。

むごたらしい方法で殺すという事はどういうことなのか。

人によっては、
銃殺刑だってむごたらしいと言うであろう。

俺の思う、虐殺=むごたらしい殺し方とは
軍人ではない日本人居留民を逃げられない様にして、
女性には暴行を加えた上で局部に丸太を突き刺す等して殺害、
子供は両手・両足を切断し、
男性には首に縄を巻き付けた上で引き回す等、
今、書いている自分でさえ、気持ち悪くなってくるが、
そういうのがむごたらしい殺し方だと
俺は思う。

ちなみに、
今、述べたむごたらしい殺し方は実際に起きた事件です。

その事件の名は通州事件。

通州事件は、
1937年に
約3000人の中国人部隊が
日本軍および日本人居留民約230人を虐殺した事件です。

日本のあったかどうかもわからない虐殺(南京大虐殺)を、
非難している中国人が実際に起こした虐殺事件です。

この通州事件などを有耶無耶にしたいがために、
中国政府は南京大虐殺をでっち上げているように
思えてなりません。

「むごたらしい」を辞書で引くと
「目をそむけたくなるほどひどい」
と書いてある。

仮に殺すにしても、
効率性を求められるのだから、
目をそむけたくなるような殺し方は到底しない。
目をそむけず、すんなりあっさりと殺すはずだ。

つまり、
虐殺なんてものは、
当時の日本軍にとって、
やる意味がないのだ。

風雲急を告げている時代において、
いちいち、
虐殺だとかレイプだとか、
そんな事をしていては、
非効率的過ぎて、戦略として成り立たない。

あの時代に、
軍の上層部が、
中国人の目ん玉をくり抜けだとか、
女性の陰部にほうきをぶっさせだとかの命令を出すだろうか。
(日本の文化としても、そのような虐殺行為があっただろうか。)

日本軍にとって、何のメリットもない。

唯一あるとすれば、
見せしめに殺すとかその程度だが、
それも回りまわればデメリットの方が大きいと、
日本軍は熟知していたはずだ。

もし仮に見せしめとして、
殺すような事があったとしても、
軍法会議とかあるわけで虐殺なんか当然出来ないし、
無実の者を殺す事もできないし、
人数的にも数人、数十人が関の山で、
30万人なんて規模の単位であるわけがない。

もっとも、
これは仮にの話で、
俺はこういった虐殺なんてのは基本、無かったとは思っているけど、

それを何千だとか、
何万だとか何十万という規模になる事自体が異常だ。

そんな虐殺が仮に起きたとするならば、
指揮系統が未熟な証拠。

当時、世界最強の軍隊である日本軍で、
そんな指示が成立するはずがない。

そんな指示をしたバカ者がいれば、
逆に総スカンをくらうだろう。

なにより、
そんな大虐殺が起きていれば、
世界に情報が配信され、
ナチスのホロコースト以上に、日本は糾弾されているだろう。

現代においても
猟奇殺人、無差別殺人をする異常者がいるくらいだから、
その当時においても、異常者がいてもおかしくないわけで、
一部のものが、
虐殺をしたのかもしれない。

敵兵と間違えて民間人を殺してしまった事もあるかもしれない。

日本軍という威光を利用して、
勘違いしたバカが
横柄な態度に出たり、
女性を強引に口説いたりする事もあったかもしれない。

心の弱さから強盗してしまったものもいるかもしれない。

戦略上、
止むを得ず、放火してしまったものもいるかもしれない。

そういう意味で、
南京攻略の際に、様々な問題はあったのかもしれない。

戦争上仕方がないという側面もあるし、
平時においても
一般的な事件にも含む余地があると思われる側面もあると思う。

だが、
日本人の謙譲の美徳精神において、
南京大虐殺が存在したような事をはっきりと否定しないでいると、
何故か、
南京大虐殺はやっぱり事実だったのだという方向に行ってしまう。
日本は認めたと。

日本人特有の、
従来の謙譲の美徳で応対すると、
南京大虐殺はあったとされてしまうので、
それを否定するためには、
南京大虐殺はなかったと言わざるを得ない。

俺は、
武力など持つべきではないと思うけれども、
相手が武力を所持して攻めてくるのであれば、
こっちだって
武装せざるを得ないではないかという理屈に近いものがある。

さっきも言ったが、
虐殺というのは、
むごい上に手間もかかる。
それが仮に2万人でも20万人でも30万人だとしても、
そんなに多数の犠牲者がいるはずがない。

強姦だって、そうだ。
2万人でも、30万人でも、
そんなにセックスできるか?レイプできるか?

食糧だって満足にあるわけじゃないし、
戦争中だってのに、逆に疲れるわ!

だから、
南京大虐殺などはなかった!と俺はあえて主張する。

あったとすれば、
日本軍と現地の人での、いくつかの南京での事件だろう。

その犠牲者は、
20万人もいないし、2万人もいないと思う。

おそらく
純粋に
日本が反省しなければいけない犠牲者数は、
相当少ないと思われる。

その反省ってのは、
国家としてじゃなくて、
日本人個人として、
モラルの無い日本人が居たという事の反省である。

現代だって、犯罪を犯す日本人は居る。
昔だって、日本軍とは関係なく犯罪を犯す日本人は居たはず。

戦前の日本人の方が真面目な印象があるので、
もしかすると、
現代の、
殺人事件、強姦事件、放火事件、強盗事件の被害者よりも
少ないのではないかとも俺は思う。

犠牲者の数は、
ほとんどないか、
俺の見解が間違いで、
中国の言う通り30万人以上かのどっちかだと。

もし当時、
最強クラスの日本軍がむごい侵略の支持を出したのならば、
それなりに犠牲者が多くでたはずだ。

だから、
犠牲者はほとんどいないか、
滅茶苦茶たくさんか、
どっちかなのだ。

中国が30万人以上いるって言ってるんだから、
日本側としては妥協案として、
「何万人くらいにしておきましょう」
っていう大バカな考え方をしようとしているマヌケが
居るのではないかと俺は勘ぐってしまう。

たくさんあるか、ほとんどないかのどっちかしかないのだ。

つまり、
中国が主張しているような規模での虐殺が在ったか、
または、基本、まったく無かったかの、
どっちかなのだ。

間とって、何千万人、何万人にしましょうなんてのは、ないんですよ!

純粋に
日本が反省すべき犠牲者はほとんどいないって俺は言ったけど、
ただし、
その中には、
戦争においての犠牲者(ゲリラ兵討伐を含む)など
戦略上止むを得ず犠牲者になってしまった方は含んでいません。

現在において
純粋に反省すべき犠牲者が誰かを特定するのは難しく、
それを確証するものもなく、
そこを掘り下げても日中間での憎しみしか出てこない。

だから、
南京事件は
日中戦争の一つの事象として捉え、
本来、あまりフューチャーするべきものではない。

そこを掘り下げてしまえば、
日本が中国に奴隷外交をするか、
日中で対立するかしかないのだ。

ぶっちゃげて言うと、
日本はこの先、
米、中、鮮、露の奴隷国となって生きるか、
戦い抜いて日本の自立自存を勝ち取るしかないのだ。

それを日本人は、
気付いていないのか、
気付いてても先送りしているのか、
このままだとヤバいという危機感が足りなさすぎる。

歴史認識においては、
国の数だけ、見解の相違があって当たり前だと思う。

日本はこう思っている。
中国はこう思っている。

互いを尊重して、とりあえずはそれでいいと思う。

なのに、
今の日本の態度は、
「とにかく貴国の仰るとおりです」
みたいな外交をしてしまっている。

これでは舐められて当然で、
日本は搾取の対象になってしまうのは当たり前。

まずは相手にびびらず、自分を貫く姿勢が大事だ。






2010年2月2日の毎日新聞3面より。

日中歴史共同研究報告書については、
「日本側は対中戦争の性格を侵略戦争と認めた」と評価し、
南京虐殺事件については、
「被害者数はともかく虐殺が起きたことを日本側学者が認めた」
と評価した。
という記載があった。

中国側からしてみれば、
ゴリ押しでふっかけたら、
日本側の有識者が認めたもんだから、
やったぜ、ラッキーと、
今回の共同研究を成果として捉えているわけです。

もっとも、
中国は被害者っていう体をとって、
ようやく悪である日本が
己の罪を認め始めたっていう解釈でしょうけど。
中国は、
だから、勝ち取った的な感じでしょうね。

はっきり言って、
これは2万人だ、30万人だとかの数の問題ではないのだよ。
有ったか無かったの問題なのだ。

中国の狙いは数よりも、
南京大虐殺が在ったか無かったかを確定させたかったわけで、
数はこの先、
中国の主張次第でどうとでもなるわけですよ。

なので、
まず、南京大虐殺が在ったかどうかを日本に問うて、
日本が正式に認めたって事で、
中国は大いに評価しているのだ。

日本はそこのところを認識していなかった。
数の問題だと思っていたのだろう。

だって、
中国からすれば、
元々、南京大虐殺なんてなかったのだから、
ゴネ得で、まさに棚からボタ餅状態だ。

日本のやり方は相変わらずバカで、
まず相手の主張を受け入れて、
その上で、
数を減らして行こうという手段を取っており、
強かな中国相手に、
そんな性善説的なやり方が通用するはずがない。
今まで何度もそれで失敗してきたのに、
相変わらずそんなバカをやる。

僕も認めるから君も認めてね。
方式なんだけど、
僕も認めるから、の時点で、
相手側は、
「あー、認めたー!」と声を荒げ、
そこで一方的展開に走ってしまう。

結果、
中国側は評価と捉え、
日本側は溝が埋まらず、となる。

だいたいさ、
日本側の有識者間で、
南京大虐殺の被害者数が
2万人から20万人との開きがある中で、
日中の歴史観を確認し合う場所へ出向いたら、アカンやん。

せめてさ、
日本側で見解を一致させなきゃさ、話にならねえだろ。
そんなにさ、
見解にバラツキがあればさ、
中国は見解が一致しているのだからさ、
見解が一致している国と答えがバラバラの国とが議論したら、
どうなるかは一目瞭然でしょ。

中国側は議論というよりも勝ちにきているわけで、
そこにさ、物見遊山で行ったらアカンやん。
物見遊山じゃないって言うかもしんないけど、
見解が統一されてないで、
行って、そこで議論しようなんて、物見遊山と一緒だわ。

もし被害者数に開きがあるのならば、
そんな有識者会議なんてやらなければいい。
態度を曖昧にしたいのならば、
日本には被害者無しから20万人と様々な意見があると
主張して態度をのらりくらり保留すればよかったのだ。

アホみたいなやり方だが、
今までの日本は一応、それで乗り切ってきたのだ。

せめてアホなら、
アホらしく上手くとぼけろってんだよ、バカたれ。

俺は当然、南京大虐殺なんて無かったって言うべきだと思うが、
虐殺がなかったなんて言えば、
中国側から反発は予測されるが、
でもそこは双方の歴史観なんだから、
日本も主張すべきところは、絶対に主張しなきゃダメじゃないですか。

日本側があやふやにしたかったら、
虐殺はなかったという意見も入れなきゃダメじゃないですか。
そこは絶対防衛線なわけですよ。

そもそも、
なぜ被害者ほとんど無しっていう有識者を選ばなかったのだ。

日本には南京大虐殺は無かったと主張している有識者も居る。
なのに、
何故、2万人~20万人と主張している有識者を選出したのだ。
意味がわからない。
まさに自虐史観。
国益無視の売国奴、国賊の思惑。
無いって言ってる人もいるのに、
無いって言ってる人をいれず、
20万人も虐殺したって言ってるヤツを入れるのだ。
正気の沙汰と思えない。
日本の国益を考えてないというか、もう言葉が出ない、あり得ない。

これじゃあ、
数云々より、
日本は南京大虐殺を認めたって、
主張しているようなものだ。

巧妙にやれば、
そこにさ、ひょっこり南京大虐殺なんて一切なかったって言う、
有識者を入れる事だってできたわけじゃん。

そうしておけば、
南京虐殺を必ずしも認めたって事にはならなくなるんだから。

これだって税金でやってるんですよね。
俺なら南京虐殺はなかったっていう有識者を選びます。
ったく、誰が有識者を選出したんだよ!
マジふざけんなよ。ですよ。
怒髪天を衝きますわ。

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