科学技術、エネルギー資源

・感情的な脱原発、反原発論には反対

原発反対言いますけど、
事故しないようにすればいいじゃないですか。

それだけじゃないですか。

万が一、事故を起こしたらどうするんだ。
危険だ、
だから止めようって押し切るのは狂気の沙汰ですよ。

だって、
車の交通事故で2011年、
4612人の人が亡くなっているわけですよ。
多い時には16765人(昭和45年)も亡くなってるんだぜ。

これって、十分、危険じゃないですか。

原発とどっちが危険かは、
種類が違うので簡単な比較はしませんが、
少なくとも、
車というものが存在していたら、
4612人も一年で亡くなっているわけで、
それなら、車を止めろ!ってなったっていいわけじゃないですか。

東日本大震災による原発事故が原因で、
そんなに多くの方が亡くなっていますか?
いないでしょ?

車だって、
存在しているだけで危険なわけじゃないですか。

でも、現実は、利用している。

事故が起らないように
日々、邁進しているわけじゃないですか。

そうやって、
教訓を活かし、
進歩していけばいいのに、
少なくとも、
そういった選択肢もあるはずなのに、
何が何でも脱原発、反原発っていう論調は、
過激で、狂気の沙汰であると思います。


俺も、
もちろん、原発に全面的に好意的というわけではない。

たぶん、
今の日本国民ほとんどが好意的ではないであろう。

でも、
俺は、
原発は、
現時点では必要であると思う。

極端に原発賛成の人は、中々居ないと思う。

原発擁護派、
原発推進派の人たちだって、
原発は危険な存在で、
無い方がイイとは認識しながらも、
やむを得ず、原発を擁護、推進していると、俺は思う。

俺も、そうだ。

苦渋の決断で、賛成寄りになっているだけだ。

それは、利権なんかじゃない。
(てか、俺なんかに利権なんて無いしね。)

日本の事を考えて、だ。

確かに、
原発が無くても、
生活レベルを落とせば、エネルギーは何とか賄えるとは俺は思う。

だが、
賄えるだけであって、
発展するという意味合いではない。

常に節電しないといけないし、
そうなると、日本国民全体がストレスがかかる。

つまり、
原発をただちに止めると、
日本の暮らしが悪くなる。
少なくとも良くはなりはしない。

世界各国が
原子力発電所を世界に売り込みをかける中で、
日本だけが原発を止めます。

ってなったら、
日本だけが、
自ら、その流れから脱落する事になる。

もし仮に、
原子力発電所が、
より発展していき、
安全になったとした場合、
日本は、
すでに原発を止めてしまっているので、
他国に依存しなければいけなくなる。

そうなった場合、
国の安全保障にも、かかわってくる。

世界で同時に、脱原発しないと意味がない。

日本が原発を全廃したとしても、
それで
世界から原子力系のものが同時に無くなる程、
世界は協調もしていないし優しくも出来てない。

福島周辺の人を思うのならば、
その人達のために出来る事をすればいい。
脱原発運動とは分けて考えるべきだ。

原発をやるって事は、国の安全保障にもなる。

原発を止める事が、国の安全保障だという意見もある。

確かに、そうだ。
どちらも、正しい。

どちらかを選ぶなんて難しい中で、皆、どちらかを選んでいる。

もちろん、
日本が原発を止めて、
新エネルギーを開発するかもしれない。

でも、そうならないかもしれない。

日本が原発を止めても、
原発の研究は出来る。

しかし、
実際に原発を運営運用しているか、
していないかで、雲泥の差が出てくる。
実践の差だ。

俺は、
出来得るならば、
地球から、
原発、原爆を無くしたいが、
それは、
さっきも言った通り、
足並みをそろえる必要がある。

日本だけが、
真っ先に、止めるのは、よろしくない。

原爆だって、
少しずつ少しずつ削減している。

そういう風に、
原発もやる必要がある。もしやるならばね。

だが、
現状の脱原発、反原発は、
とにかく即原発を反対して、
原発を止めれば、安全になる。
みたいなのが、ある。

俺は、
ちょっと、
それは、極端すぎるかな。と思う。

原発を止めた場合のリスク、
原発を止めない場合のリスクを
両方、秤にかけて、
決断しなければいけない。

原発を止めたら、安全。
というわけではない。

それによって、
国民の暮らしに支障が出てくる可能性が大いにある。

節電して切りつめて生活し、
その結果、経済が停滞し、
ご飯が食べれなくなる事態が起きれば、
本末転倒である。

ウクライナでは
チェルノブイリの事故後、
脱原発を進めたが、
経済が悪化して、
結局、また原発を導入した経緯がある。

日本も同じ事にならないか。

原発を維持した事によるリスクと、
原発を止めた事によるリスク、
日本全体を見て、両方のリスクを考えないといけない。

そういった検討の中で、
俺は、ただちの脱原発は危険だと、思ったのだ。

右だ左だ関係ないけれどさ、
この機に乗じて、
とにかく脱原発、脱原発の旗印を掲げて、
日本を弱体化させて、
国という垣根を無くし、
ボーダーレス的な相互の依存社会に仕立て上げようという
勢力が居てもおかしくもないと思う。

今の呆けた日本人の一般的適切な反応ってのは、
原発は無い方がいいけど、
現状は、ちょっと難しいよね。
で、
でも、
よくわかんなーい。くらいが平均的な反応なのかなと思う。

だいたい、
今すぐ日本にある54基だっけ?
そのくらいある原発を止めたとしても、
それを完全に無くすまで、長い歳月を様子だろう。

たぶん、何十年とか。

その間だって、
地震や津波、空爆、テロ、色々な危険は付きまとう。
原発をやってても、やっていなくても。

再稼働にしたって、
ただ置いておくなら、
なんも生まないから、ただのムダになる。
だったら、
早急に安全性を考慮した上で、
早急に再稼働すべきだ。

もう現状、悲しい哉、
原発をやっても、止めても、どちらもヤバイのだ。

やったらやったで、
原発事故のリスクがあるし、

止めるにしても長い年月がかかるし、
日本だけが原発を止めたら、
依然、原発リスクは
しばらく付きまとう上に、日本の技術が低下するし、経済力も落ちる。

であるのならば、
原発推進して、
より安全な原発を開発して、
原発リスクに打ち勝ち、
日本の技術、経済力も底上げした方が、
マシだと俺は思う。

それで、
世界的に、
脱原発、反原発となれば、
日本も同調して、その流れに沿えばいい。

日本だけ、
とにかく、脱原発、反原発っていうのは、反対だ。


脱原発しても、なんとか賄えるし、
原発の代わりのエネルギーを開発すればいい。って論調があるけども、
それは、
原発擁護、
原発推進にしたとしても、
代わりの新しいエネルギー開発は当然、着手するに決まっている。

ただちに原発を止めなきゃ出来ないわけでもない。

俺は、
直感で、原発はヤバイと思うと同時に、
でも、日本だけが今すぐ止める事は出来ないと思った。

じゃあ、どうするか。

日本が、
アメリカ、
ロシア、
中国、
EUと対等に渡り合える大国になって、
世界的な枠組み、
ルールなどを決めて、
変えて行くしかないよね。

それが一番、理想的で、現実的だと思う。

そのためには、
日本がトップクラスの原子力の技術を有しているのは
カードとして使えるし、
技術を維持し続けるためには、
日本で原発をやっている必要がある。

なにより
現在、トップクラスの技術力を日本は有しているのだから、
世界の原発を
安全安心なものにしていくという責任を持たなければいけない。

原発事故が起きたから、
日本は原発止めます。こりごりです。
あとは、世界で勝手にやってください。なんて事は、少なくとも、俺は、言えない。
それは安全保障というよりも単なる逃げ、思考停止、放棄に近い。

日本は立場としてトップクラスの原発技術を持ってるんだから、
日本が原発どうするかは別として、
日本が世界の原発を何とかするという責務は、
少なからず、有してしまっていると思う。

原発の危険性については、
より安全なものを目指し、
災害や他国からの攻撃等にも
対応できるようなものにしていくしかない、当面。

脱原発、反原発、原発擁護、原発推進、
そういった一方向性でみないで、
多角的な視野を持って、
粘り強く、慎重に、時に大胆に、展開して行かなくてはならない。

そういった面も含めて多面的に考える事が真の安全保障であり、
この国の未来を見据えたものになると、私は思います。

原発を止めさえすれば、安全というわけではありません。

要は、
安全ではない原発は反対だけど、
放射性廃棄物処理等を含め、
将来的に安全に原発を運用出来るなら、俺は絶対、反対というわけではない。

そもそも
原子力の危険性なんて、
子供でもわかる話だ。

ずっと前から、わかってたはずだ。

今さらガタガタ言う話ではない。

原子力を止めて、牧歌的、原始的に生きるのもまた良し。

原子力が、
人類が進歩した故に
生み出した至上の科学技術であれば、
自らその最高の英知で滅びてしまうとしても、
それはそれで、という思いもある。

最善を尽くした結果であれば、
結果がどうであれ、俺はそれを受け入れる。

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