食、第一次産業、環境

・江戸のようなリサイクル循環型社会を目指す

江戸時代の日本は、
現代日本と比較したら、
ものすごいリサイクル社会でした。

狭い島国で3000万もの人間が生活するには、
いかに効率的にするかとか、
無駄にしない、もったいないとか、
どういう生活をしなきゃいけないとか、
人様に迷惑をかけてはいけないとか、
そういった感覚が自然と身についていたのではないでしょうか。
あと、そういうような教育のおかげ、みたいなところもあるとは思います。

かたや現代社会は、
大量消費社会となってしまいました。

わざわざリサイクルしなくても、
安いものがたくさん売っていますし、
安くなくても、
流行を意図的に生み出し、
その流行に乗るのを良しとする事で、
経済が循環しています。

自分は現代社会の恩恵をたくさん享受しているので、
全否定する気は全くありませんが、
行き過ぎはよくないと思います。

江戸時代のような生活をしつつ、
近代的な生活を送る事は可能だと思います。

必要なものは買えばいいし、
再利用できるものは再利用すればいい。

ただ不必要なものを無駄に買う必要はないし、
好きな服を着るのも良いと思うけど、
流行りの服じゃないから着たくないってのは、
行き過ぎなのかなって思うし、
毎日毎日、
新しい本が出版されたり、
毎週のように、新しい映画が封切されたり、
本も映画も好きだけど、
そんなに必要かなって思う。

農業だって、
化学肥料を使う事が最先端で、
糞尿を再利用した
肥溜めを使うのは文明が未発達みたいなイメージを、
僕らは作ってしまっていると思う。
決してそんなことはないのに。
時間軸でみれば、
どっちが先か後かの区別はあるけどさ、
そういった文化に優劣なんてないし、
どっちがいいかとかは見る角度によって変わったりする。

自然と共生する社会を良しとするならば、
糞尿を要らないものとくくり下水処理が発達した社会よりも
糞尿すら要るものとくくり肥溜めを活用する社会の方が優れていると俺は思う。

現代に肥溜めを復活させるかどうかは別の話だが、
糞尿を処理するだけで終わらず、
資源として再利用出来る余地は充分にあるのでないかとも思う。

そんな肥溜めなんかを使ってた昔の日本だが、
外国人が日本を見て、
なんて綺麗な街なんだと驚いたくらい清潔な街であった。

それは、
長い鎖国を通じて、
循環型社会が形成されていたからというのは、
少なからずあると思う。

江戸時代の人は
なるべくゴミを捨てないようにしていたと思うし、
てゆうか、
できるだけ再利用しようとするので、
ほとんどゴミという概念がなかったではないか。
魚の骨が残れば肥料になるし、
鼻紙は障子の紙に再生されるしね。

結果、街にゴミが落ちていない。

もちろん、
全くゴミ出さないというのは、
なかっただろうけどさ。

一方、今の日本は、
街中にゴミが落ちている。

モラルの低下なのか、
俺一人くらいゴミを捨てても大丈夫だろうみたいな、
手前勝手な感覚があるのかもしれない。
(俺も人の事を言えた義理じゃないですが。。)

そういった感覚を含めて、
日本が過去、
世界に誇れた循環型社会を復活させたい。

全てを江戸時代にするってのは
無理かもしれないけども、
少なくとも、
江戸時代の人達の精神性くらいは、
取り入れる事はできるはずだ。

自然環境と共生しつつ、
人間的な生活を享受できる循環型社会を目指したい。

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